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2008-01-29

ヤングライブフェスへの布石その6

ゲビルのライブ当日
清瀬駅についた俺は
懐かしい気持ちになりました

高校時代
三年間通い続けた駅です
何年ぶりかに降り立った清瀬駅のホームやらの内装がかなりよくなってました

時を感じました

清瀬出身の
釈 ゆみこを
ホームで見かけたのを思い出しながら
(かなり、本物は可愛かった・・・・・・・・今はテレビをみても何も感じません)

改札をでると 今日ゲビルのライブを観に来たであろう 格好をした

人間が山ほど居ます


そして
会場である清瀬市民会館にむかう途中の殆どの店のシャッターやら電信柱には 今日のライブのポスターが貼って有ります
街がゲビルのライブ一色にそまっていました


そして400人をこすであろう人が会場を埋め尽くしていました
(チケットは4000円なのに・・・・)
当時ゲビルはまだインディーズで メジャーではないのに

機材やら規模やら、演奏、演出に至るまでインディーズのそれを遙かに越えていました

自分が在る場所からかなり遠く、凄すぎてまさに
声もでませんでした

しかし

凄く勇気づけられたのです

「ゲビル出来たんなら
相当頑張れば、俺にもできるんじゃねーかな?」

「同じ人間だしなぁ・・」

「よし、俺もやってみよう!」

「絶対に形にしよう」

俺は志を胸に、まだ会場がファンでごったがいしている中を逆行するように、そして、今向かうべき道をそのステージで気付かさせてくれた・・・・、

「拓いてくれた」


ゲビルのメンバーを再度目に焼き付け、声も掛けることなく

一人帰路につくのでした・・・・・・


ここからが
リアルにその一挙手一投足が

「多摩六都ヤングライブフェス」

の前身のイベント

「マウントエイトフェスティバル」
開催に

繋がっていくのです

つづく

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2008-01-26

ヤングライブフェスへの布石その5

ホストでの演奏接客を経験した俺は

しばらくパチプロをしながら

音楽で成り上がるための道やそこに付随する仕事は何なのか
色々考えました

と同時いくつかのオーディションを受け始めます

そこで受かったのが
NHKの音楽番組

オンエアーバトルでした


バンドメンバーには内緒で 送ったらうかっちゃって

俺を筆頭に喜びまくりです

しかし

実際出演してみると

自分達が出したい音量や音色では演奏させてもらえず

ディレクターの言いなりでしかないステージになってしまいました

かなり悔しかったです

そして

メディアにはオーディションをうけて待つことより

メディアが振り向いてくれるにはどうしたらいいか?ということを考え始めます

そうなれば

自分たちの好きなスタイルで演奏できるわけですし

もうそのことばかり
四六時中考えていました
そしてそんな中
何年も会っていない
友達のバンドが清瀬でライブをやることを知り

なんとなく腐りかけていた自分に
いい刺激になればいいなと足を運ぶのでした

そのバンドが

いまはメジャーデビューを果たした
蛇道
広純の和太鼓ロックバンド、ゲビルでした

つづく

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2008-01-18

ヤングライブフェスへの布石その四

前回の続きから・・・・・・


ホストで演奏することになり、接客もする事になり、 俺は 新しい経験をする事になるのですが

詳しくはなすと
きりがないので
この辺で
まとめようと思います

まず

ここで勉強できたのは

まずホストはバカにする職業ではないということ

ナンバーワン、ツー、スリーを張るような人達は 普通に男としても魅力がある男たちでした

まず ここでホストに対する偏見は完璧に無くなりました

ホストは、数ある接客業の中でも一流の物だと 実際自分が経験することによってわかりました

そして
もう一つ
ホストが動かす世界の金銭感覚に触れられた事もすごい勉強になりました

代表の誕生日などは、雑誌の取材に加え、一晩で 400万円もの売り上げがありました

これにはかなり驚かされました

「金はある奴には有るんだな」

と リアルに感じました

実際 演奏最中にも
一万円やら軽くチップをくれる人達も居て

何回も驚かされました

「金の価値は人それぞれちがうんだ」

という事も学ぶことができました
このことは後に自分の店をもち、経営する事になる上で不可欠なワードでした

日頃ライブハウスで演奏をするために 二万から三万のノルマがあって

バンドマンはこの費用を作るために四苦八苦するのですが

ここでは 歌いながら
そして楽しんでもらいながら

あっという間に作ることができました

アコースティックのアレンジで演奏して、本来やりたいロックとは違いましたが

この経験を元に
運とか偶然ではない、音楽で喰っていくための
ヒントを学ぶことができました

あと
まったく知らない人達を接客することによって、俺自身が音楽を好きでしょうがないのと同じくらい、人と出会うことが好きな事が分かりました、
そして

ついつい家での癖で
かなり豪勢な寿司をご馳走になるとき、箸を口で割ってかなり怒られたり
(謝ってテキーラ三杯一気したら許してくれました)
稼業の方達とも散々喧嘩しそうに成りましたが、
(たまたま腕相撲が強かったのと、空手を結構やった奴に出来る、拳の頭が異様に堅くなり盛り上がる、拳ダコのお陰でバトルを回避する事ができたなー・・・・・これがあると、喧嘩を知ってる奴は警戒します)

(・・・・後にはすごい応援してくれる仲間になってくれた)

今も確実だとはいえないけど

音楽を軸としてこの先なにをやるにしても、人と人の出会い、そこに向かう行動から 全てが始まっていくんだと

感じることができました
だから 人との出会いを大事にしていく事こそに

俺の人生の答えが在るような気がしました

その中から何かが拓けるような気がしました

たまたまのオーディションを切欠に
ここまで色々なことを勉強できた俺は

「とにかく興味やら、考えがあったらまず行動してみる」

という座右の銘が胸に深く刻まれるのでした


ホスト編もまだかなりのエピソードを残したままなのですが

それはまたの機会に触れましょう

つづく

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2008-01-13

ヤングライブフェスへの布石その参追加

後にどーしても気になっていてタイミングがづれてなかなか聞けなかったですが


なぜ俺だけ
演奏以外に


「接客もやれ」


と言われたかについて
代表に聞いてみると


オーディションの時の立ち振る舞いやら

顔つきやら

みていて

「コイツはこの職業向いているな」


思ったらしいです


結局この職業を経験したことによって

「あっ 俺接客業 向いてるんだ 」

と気づかされるわけですが

「どーして俺だけなんだー!!なんでだーー」

という

あの時の切ない気持ちは今でも忘れません

前回の本文中では色々な思いがフラッシュバックしてきて
振れられなかったですが
その時の心境や疑問で
結構重要だったので
追加で足しておきます

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ヤングライブフェスへの布石その参

前回の続きから・・・・・・


俺たち三人はまかない的な‥ピラフを 振る舞ってもらい とりあえず それをすごい勢いで食い始めました

すると 唐突に

「そのピラフうちの店で食べたら一皿2000円だぞ」

と代表が一言 ・・・・・

(は?ピラフ一皿2000円もするの?恐っ)

(ホストクラブって恐すぎっ)

と 三人して
おったまげていると


「じゃあ仕事についてはなそうか・・・・」

代表は話し始めました

「まず・・・ギャラは一人あたり30分ステージ二回で5000円でお願いしたい・・・・・・・この条件でどうだ?」
三人で10000円しかもらえないと思っていた俺達は願ったり叶ったりで

「ありがとうございます」
と 首を縦に振り振りしていると

「そうかぁ じゃぁもう 一つさ 条件があるんだけど・・・・・」

(ん ナニナニナニナニナニ なんだ? 条件って なんなの なんなの? なんなのー! )
このタイミングで条件って なんなのー


かなりの不安に駆られていると

代表は口を開きました

「ボーカルの君 何君だっけ? あ ゴウシ君ね 君だけさ 演奏の後さ ホストとして朝まで接客してほしいんだよね ・・・・・・・・・・・・
どうかな? 一応この条件をのんでもらった上での契約っていう形にしたいんだけど・・・・

これでいいならゴウシ君だけバイト料を5000円プラスするよ」

俺は開いた口が塞がりませんでした・・・・・

ホストなんかやるために今日きてねーよ

俺接客なんかしたことないってまじで・・・・・・

マジかよ・・・・・
この条件のまないと契約も出来ないのかよ・・・・

・・・・・・・どーしよう

はるばるこんな場所まできてさ ・・・・・ ホストかよー あーぁーぅ゛ぅ゛

しばし放心状態になっていると カイキが口を開きました

「ごーちゃん やっちゃえばいいじゃん 出来るってば あはははは 」

彼は満面の笑みを浮かべながらテンションがかなり上がっています

(コノヤロウ他人事だとおもって笑いやがって・・・・しねっ)

とか思いつつ

宮さんの方をみると

(まじで・・・・どーすんだよゴウシ・・・・・)

てな

顔をしています

俺は

この1分ぐらいの間に
自分の判断力を総動員し、脳を高速回転させ
今までの全ての経験則も併せながらも
かつ冷静に 考えてみました

(やるか・・・・・・・・)


(やってみるしかねーな)
(こんなんで いちいちおどおどしてたら 大物になれねーよな ・・・・・・ 仕事も日雇いだし・・・・・・
週一回ならできるだろ・・・・・・
自分の知らない事も挑戦出来ないと大したこと無い男になっちまうよな‥…

よしやるか・・・・・・・ )


俺は心に決めました

演奏でギャラを少しでも貰うセミプロとしての俺と、見習いホストな俺の新しい俺が2パターン誕生です


今考えるとある結局
この決断こそが
そのあとの人生を、もの事に対する全ての自分の考え方を
大きく変えて行くことになるのです

「分かりました やらしてください」


そう口を開くと

代表は笑みを浮かべながら言いました

「よし

次の土曜日からきてくれ
ステージは土曜日に2ステージ、ゴウシ君は土曜日以外に月曜、水曜、金曜にも出勤してほしい
ステージ以外の日にも
日給10000円以外に交通費も別にだそう

あと

オリジナル曲だけじゃなく、みんなが知っているようなカバーも1、2曲演奏してほしい


これでオーケーかな?

は?

週1じゃないの?

土曜日だけじゃないのですか?

え、 困ったなー

あはははは

どーしよ

オリジナル以外に
誰かのカバーなんかした事もないんですけど・・・・・・・・

10秒に満たない沈黙のあと
まだ考えもまとまらないだろう矢先に・・・

「わかりました やってみます これからよろしくお願いします」


はいー

また俺は勢いに任せて
言っちゃいました

一日も何日も変わらねーやるって決めたら
やってみるしかねー

金もらって演奏するんだから
カバーぐらいやってやるは!

なんぼのもんじゃい!

頭の中ではそう成っていたみたいです


横に居た宮さんは

(こいつやるんだ・・・・・まじで・・・・)

みたいな顔をしています
カイキは相変わらず
ニコニコしてやがります


そんな情景のなか

代表は

「よし これからよろしくな」

と言い

部屋を出て行く前に

「もう帰ってもいいし、ホールでみんなどんな仕事しているか見ていってもいいよ、じゃぁ 次の土曜日まってるね」

と付け足すと

ホールの方へ足早に去っていきました


俺達三人は

この急展開に驚き、これから始まる何かに、不安と期待、またそのどちらでもない得体の知れない気持ちを感じながら

ホールの様子なども見る余裕もなく
挨拶を済ませ 帰路につくのでした

・・・・・つづく

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2008-01-11

ヤングライブフェスへの布石その弐

みなさん2日ぶりです

まず前回のブログの誤字訂正をさせてください

前回の文で二カ所ミスっていました

まず一個目

〜仕事のストレスを その日の夜に酒屋で発散する始末・・・・・・ 齢 26にもなってこんな毎日を送っていたら〜


はい 上の文章おかしいですね

居酒屋と書きたい所を

酒屋 などと書いてしまいました

これだと
沢山の酒樽やら一升瓶やら
お酒を貯蔵してたりする倉庫か
おっさんなんかがお酒を手売りしている場所(店)で

勘違いして呑み倒している
よくわかん ただのアル中野郎みたいな
感じになっちゃいますね
はい あぶない あぶない

ふうっ(汗)

恐っ

って感じですね


では2個目

〜新宿やらの都心の繁華街とはいえまったく違う感じです


はい ここですね

新宿やらの都心の繁華街とはまったく違う感じです

と したかったんですね

ここでの

繁華街とはいえ

なんてゆう文は
前の文章の流れから考えると
人には通じる事の無い文章になってましたね

完全にそれまでの文の流れを遮断してますね

はい

完璧にっ


異次元行ってました
すいません

ボケてましたね

ブログは携帯で作ってるんですが
指のケアレスミスで
誤字やら脱字やら
入れたくない字やらを知らない内に打ち込んでる時がチェックをしても結構あります

みなさん

「なんか 文章おかしくね?」

「意味通じないんですけど・・・・・」

とか思う時がこれからも出てくると思いますが
どうか想像力を働かせて
読み切ってやってください

はいっ

無理か?

・・・・・では

前置きはこれ位にして
前回の続きからボチボチ書き始めるとしましょう


「 ラグビーをやっていた人」

という大いなる勘違いに精神を無造作にいじられながら

二曲目の演奏を始めた
俺たちは
頼りない機材の中、そしてホールの大きさの割には小さめなステージの中、精一杯歌いきりました
演奏をどうにか終え、感想をまつ間もなく
すかさず 数人の人達からの拍手が鳴り出しました
パチハチパチパチ

チパチパチパチパチパ

(おー いいねー )

(でも俺らの曲ホストに通じたのか?)

(あの端の方のヤツきいてたのか?)

とか考えていると

なにやら代表の方と先程の割腹のいい方で
短めの話があったあと

ステージに向けて

「君たち合格!これからよろしくね」

と一言

・・・・・・・・ うわっ受かっちゃった

みたいな

(えっ どうする どうする(汗))

(・・・・・・・どうしよっ)

みたいな・・・・・・

しかし

どうこう関係なく
完全にオーディションには受かっちゃった模様です

んなら
俺なんか 沈黙とか苦手なもんだからって
また勢いよく

「ありがとうございますっ!がんばります!」

とか言っちゃって

そしたら

「おー威勢のいい兄ちゃんだなぁ」

「俺君みたいな体育会系すきなんだよね!」

と 割腹のいい方が一言

(好きとか 別にいいんですけどー あはは)

(他のメンバーにはふれないんだ・・・・・・質問やら俺だけなんだ・・・・)

とか思っていると
代表の方から

「じゃ詳しい話があるから奥の部屋で待機しててね」
と あり

俺達三人は楽器を
かたずけたあと
代表に案内されるがままなにやら狭く怪しげな奥の部屋へと 進むのでした

宮さんカイキと目配せをしながら 案内されるがまま 奥のタバコ臭い 更衣室 兼 待合室みたいな部屋へ つくと

「今 飯だしてやるから待ってて」

と言うと

代表はホールの方へ戻っていきました


この店に入ってからというもの メンバー同士の話は殆どゼロだったのでやっと一呼吸つけた瞬間
緊張感の糸が切れたのか三人一斉に

「ふ 〜 ぅ・・・・・・」

と 深く長いため息を一発・・・・・


「おいおい・・・なんか受かっちゃったなー」

コソコソ・・・・

「ここホストだぜー」

コソコソ・・・・

「そうだよなー」
・・・・・

「でも せっかくだし一回ぐらいやってみようか」
コソコソ

「ホントにやるの?」

「嫌なのー?」

「みんなーどうするー」

コソコソコソコソ・・・・・

みたいな会話を声を潜めてしていると

ピラフを三皿持った代表が 現れました

そして 予想もつかない契約内容を
このあとピラフを貪りながら俺達は知ることに成るのでした


・・・・・つづく

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2008-01-09

ヤングライブフェスへの布石その壱

なぜ東村山市が
それまで例のないロックイベント
ヤングライブフェス開催に予算を投じてくれたのか
たかが俺みたいな男の企画を受け入れてくれたのか

かなり長めになりますが
その一番はじめのルーツの頃から触れていきたいとおもいます

いやー

多分更新五回分ぐらい
つづく・・・・・・・


とかなりそうですが
おつきあいください


思えば四年前、沖縄の血をひいている事を知った後輩に沖縄料理屋 ちゅら ちゅら を たまたま紹介してもらい、シュウトに出会った事から 獅士楽の今に繋がる事は動き出すのですが この頃の俺といえば、まだ日雇いの現場仕事と 以前長くやっていた水道屋の仕事を掛け持ちしていて その日暮らしの毎日を過ごしていました
数ある理由がある中増えた借金も こんな暮らしをしていれば減るはずもなく 昼間かなり体力を使う仕事のストレスを その日の夜に酒屋で発散する始末・・・・・・ 齢 26にもなってこんな毎日を送っていたら
心に決めたロックスターなどという夢は 遙か彼方で まかりまちがっても叶うはずはなく
毎日の繰り返しに 憂鬱になる日々でした
そんな中 すこしでも音楽で金を稼げるようにならないと ダメだと 思った俺は 当時のバンド メンバーと共にたまたまバイト情報誌に記載されていた バンド演奏のバイト オーディションを受けることにしました 一回の演奏で一万円のギャラがでるらしく

「ちょっと遠いいけどこれしかねーなー ・・・・・みんなー経験としてやってみるかー」

てな感じで千葉県に間近の新小岩という場所に 当時の我がバンド
「HNGRY STUFF」
は向かいました

最初ギターの宮下と

「かなり遠いくね?」

とか話し始めて

「小岩ってどこだよーマジでさーこれ着くのかよー」
なんていいながら東村山から車でざっと二時間半

「オーディション受かっても通うの大変じゃね?やばくね?」

半端ねー遠いいよなぁ などと ドラムのカイキも含め話しながら
なんとか新小岩に到着
まず最初にみんなで思ったことは

「この街なんだか雰囲気やばくね?」

なんだか街の雰囲気がそれまで感じた事がない空気というか 東村山、久米川の何十倍も活気がある繁華街
そして一見そのスジの方と一発でわかるような人達が 至る所を怒号を吐きながら闊歩している感じ・・・ まさに
超昭和っぽいよねこの町!
戦後間もなくっぽいよこの町!
なんなんだよこの街がだすパワーみたいなものはー
とほんとに 新小岩についた瞬間感じました

ある意味こんな感覚を受けたのは初めてでした
なんだかいま振り返っても体がソワソワするぐらいの衝撃というか、それまで受けたことない違和感というか
いやーとにかく街に入った瞬間にそこまで感じさせるんだから相当な事でした
新宿やらの都心の繁華街とはいえまったく違う感じです
後に知ったのですが在日朝鮮人が多く住む街だった事がありました

在日朝鮮人のミニタウンみたいなところもあったので そういう事も何かこの町の独特の雰囲気に繋がっていたのかもしれません

話を戻しまして

「近くにきたら電話してくれ」

といわれていた俺は 代表の方に電話を入れました
んで 数分歩き
指定された場所へ着いたのですが、 なんだかそれらしきお店はありません ライブハウス的な感じじゃないのは分かっていたんだけど
クラブみたいな所かなぁ? キャバクラみたいなところか? ぐらいの考えは有ったのですが
そこで唯一看板が出ているのは そのどちらでもないような店でした
「なんだよー確かにこのビルのはずだよなぁ」
俺たちは佇んでいました
あきらかに指定された場所だしなぁ
なんか この看板の店であってほしくないしなぁ などと数分考えていましたが 予定の時間を過ぎてしまっています
「よし取りあえずこの看板の店に入ってみよう」
俺は多少不安にかられながらもその店のドアを叩いてみました
「はーい」

出てきたお兄さんはどうみてもホスト・・・・・・・・ すると間髪入れずに

「オーディションの方ですか?」

と聞かれ

えっ・・・・やっぱここかよ! ここなのかよー
あぱぱぱぱぱばばばーみたいな・・・・・

はいーはいはいはいはいー
みたいなー・・

そうです俺達がオーディションを受ける場所は
なんとホストの店だったのでした

メンバーみんなで

「まじでっ」


「ホストかよー そうなのかよー」

みたいな・・・・・・
オーディション前にやる気ねー やる気でなくね?みたいな・・・・・・・・・・
なんせホストなどという人間たちのイメージといえば

「女から金巻き上げる嫌なやつら」

「気持ち悪い髪型のきもい奴ら」
みたいなイメージしかなく
そういう友達なども周りにはいないし、奴らの実態も生態もわからんし

とにかく嫌なイメージしか有りませんでした

だから

その兄ちゃんが出てきた時はメンバー三人顔を見合わせ凹みましたが
せっかく
遠路はるばるこの町まで 来たんだから
ということもあり
俺達は足を前に進めるのでした

かなり広めのフロアーに小さめのステージが中央にあって 一目みて不完全な機材で
「これ出来るのかよー」

等とおもいながらも 演奏準備を始めた俺達は それぞれに不安を感じながら とりあえず 思いっきりやろうと心を胸に 準備を終えました

かなり豪快な割腹がいい感じの人と 店の代表の方、ミーティングで早めに集まっていた ホスト数人の前で

「はい 一曲目はじめて」
との 声とともに演奏を始め、それなりな感触を感じながら 終えると 割腹の宜し気な方に

「いいねー」

などと言って貰い、おっ、良かったの?とか思いながらしばらく聞いていると

「ボーカルの彼さぁ ラガーマンみたいでいいね!」

とか言われちゃって あはは 曲じゃないの?演奏とかの話は? 合格なの?駄目なの?もうこの際合格じゃなくてもいいよー どうなんですかー
とかドキドキしながら
待つこと数分

「二曲目出来る?」

と また割腹のいい方が訪ねてきたので

「はいっ」

とか 変な緊張感のなか かなり 勢いよく 言ってしまい

すかさず
割腹の良さ気な方が

「おっ返事がいいねー」

「何かラグビーとかやってたの?」

との質問

(やっぱ演奏とかの話じゃねーんだー あははは
それも何かってさー ラグビーに限定なの?そんなにラガーマンにみえるの?)

とか思いながら

おれは

「極真空手を少しやってました」

と答えると

「やっぱそうかー 何かやってる人かとおもったよー」

「ラガーマンにみえたけど・・・・」

と 一言


(ふう そんなにラグビーやってるふうにみえちゃうんだー俺ってば)

なんとなく 奇妙な褒められてる感 に襲われる始末

そんな中俺たちは
二曲目の演奏を始めるのでした


つづく

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2008-01-04

ご無沙汰ですその2

そしてみなさん
あけましておめでとうございます

2008年はみんなでよい年にしましょう


いやー
かなりの書き込み更新の休みが続いた為
しばらくちゃんとに
「連日 書き込み」
という
わたくしにとっては未知なる荒業に挑戦しようとおもっていた矢先に 年越しなども重なってしまい はい

すいません
また飛ばしてしまいました

毎日何回も書き込み更新している方達
心から尊敬いたしまする

と、挨拶はこのくらいにして
前回の続き、 空白の何ヶ月かのお話をしましょう


上海から帰り、ジャケットの撮影を終えた俺は
以前のお店
「アミューズ」の ママとの家賃交渉に突入していました九月の頭ら辺かな

ママの話だと
ちょうど一年 経ったのを機に 家賃を四万円プラスアルファ 上げたいとの話でした

俺はただでさえ口約束のみで、半ば強引な誘いの中、以前からお世話になっている社長さんからもお願いされ
かなり断れない状況を作られながらアミューズをはじめて
最初は 感謝もしていたし、好条件の中 半年ぐらいはやらさして貰いましたが
徐々に最初の条件と話が食い違ってくる事が数度有りはじめて
ろくに契約書も用意してくれないまま一年も経ち、色々な局面で都合よく話を変えていくママに
かなりの怒りを覚えては抑え、覚えては抑えと繰り返して来た中
一方的に
こちらの状況も、なにも考えず 家賃を五万円近く平気であげてくる
ママに いい加減 怒りを通り越え 呆れてきてしまいました

根は悪い人ではないのが判るのですが 自分ではなしたことを 本気で忘れて 逆に

「私はそんなこと言ってないわよ、ごーちゃん勘違いしてない?」

等と

惚けた事を
おっしゃってくるので


そして

「なにいってるんですか!ママ確かに話してましたよ!」

てな
やりとりを

まぁそうですね

この一年
軽く100回は繰り返しまして、俺はもうこの人にも、この人との会話にも疲れ果ててました

最後などすべてのやりとりはメールだけです


この店を辞めて
独立、開業するならいましかないな

思った俺は
その旨をママに伝え11月いっぱいで辞めることの承諾を受けました

が、最後の二ヶ月間の家賃は 「 二万円は多く払え」 との事です

まぁ けじめとして
払ってやるしかないなー

ホント嫌な人だなぁとおもいつつ 了解した俺は すぐさま
次の行動へと動き出しました

しかし 11月25日に控えている 多摩六都ヤングライブフェスの運営全般を任されている事もあり スケジュールに悩まされ この辺から 夜も眠れない日々が 増えていきます

と同時に
セツとの 婚約のため
新居への引っ越しやら、 金策に悩む日々、今考えても 二度と体験したくないほどの、詰まりに詰まったスケジュールとの戦いの日々を経験することになります


すこしまえからこの3ヶ月半で形にしていった事をリストアップしてみると

まず出会ってから、二週間で いきなり婚約になり 自分の親、お世話になった先輩、友人への挨拶まわりから始まり
上海へ初の海外旅行
彼女の親御さんのへの婚約挨拶
ジャケットの撮影

店の家賃交渉破綻

次なる新店舗
独立開業への思案

いぜんから市に企画を持ち込み、ボランティア活動なども行う団体として立ち上げ、代表を務める、
東村山市青年活動協力会にて
東村山市政初となる民間団体への予算がおりたことをきっかけに着手した
多摩六都ヤングライブフェス実行委員長という 立場での 企画、立案、運営、
そして
開催日と重ねた
我がバンド獅士楽の 初ミニアルバム発売のPR活動

その間にも 細かい多岐にわたる 会議、打ち合わせ
そして 自分の店
STAND STAND オープンの為の地元挨拶まわり、自らと仲間だけでやった内装工事、人材確保の為の営業、奔走

オープンにたどり着いてから
また運営などの諸問題

あらゆる立場で付きまとってくる
金がなくなりすぎたことでの
新たなる金策練り・・・・・
その間にも続いていった
生活費を稼ぐための
アミューズでの深夜から昼近くまでの仕事・・・・・・・・・・・


etc・・・・・etc・・・・

をなんとかポジティブ シンキンで゛乗り越え まぁ今に至るわけですが

ざっとあげても

「よく俺ギリギリやれてたな 」

と すこし思います

疲れすぎて、寝れなすぎて、たまに 変な世界が目の前に見えたりもしました


ふぅ 今日も文章長めだったけど

全然現在に追いつかねー
次回は ヤングライブフェス開演、終了な感じに
色濃くふれていきたいと思います

では

チャオ!

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